漆といえば、美しい漆器を思い浮かべます。日常の食卓に使うと、いつもの料理が特別においしく感じられるほど。縄文時代から使われてきた漆は日本文化の源泉ともいえる存在です。しかし、この漆が近年、危機的状況になっています。漆の今を探ります。
●国産漆の生産量はこの60年で激減
漆はウルシという種類の樹木から採集される天然の塗料です。約1万2600年前の縄文初期の貝塚から、世界最古のウルシの木片が出土していて、古くから日本文化と深い関わりを持っていました。
漆は酸やアルカリに強く、多少のことでは変質しない性質が人の暮らしを支えてきました。器に塗るだけでなく、建造物の耐久性を高めるために用いられたり、美術工芸品にも多用されています。
ところが戦後は安いプラスチック製の食器が出回り、生活の洋風化とともに、漆製品が使われなくなりました。需要が減る一方、中国から安い漆が輸入され、国産の漆の生産量は激減。1950年代から比べると大きく落ち込み、国内自給率はわずか3%未満です。
国産漆が売れなくなったために、漆を採集する「漆掻き職人」も激減しています。国内生産の7割をになっている岩手県二戸市には、戦前300人もの職人が漆を採っていました。ところが近年は20人未満に落ち込み、職人の年代も70歳以上が半数を占めています。後継者不足が深刻で、技術が途絶えてしまう危険性もあるのです。
また漆では採算が取れないので、ウルシの木を所有している人も育成に手がかけられません。山林にウルシの木が生えていても、下草刈りなどをしないために育成が不十分で、漆を採集できない樹木が増えています。
●国宝を守るために必要だった日本の漆
国産漆の生産減が注目されるきっかけになったのは、文化財保護の危機からでした。
世界遺産でもある栃木県の日光東照宮、輪王寺、二荒山神社では2007年度から「平成の大修理」がスタート。数多くの文化財の修理に、大量の国産漆が必要となったのです。
かつての修繕では国産2割、中国産8割の漆で塗装が行われましたが、数十年の経過を見ると、思ったより劣化が進んでいました。そのため価格が高くても、国産漆が必要だと判断したのです。その結果、生産量が追いつかなくなり、文化庁は「ふるさと文化財の森」を設定。漆など、文化財の修繕に必要な樹木と、それらを採集する技能者の育成に乗り出しました。これまでに岩手、山形、京都でウルシ林を文化財の森に指定し、補助金を出して保護しています。
●国産の漆を守るためにできること
現在、国内の漆産地のナンバーワンは岩手県で年間1トンを生産しています。続いて茨城県の約180キロ、栃木県の120キロと続き、長野県は45キロ、福島県と石川県はわずか10キロ代。かつて漆の一大生産地として知られた石川県輪島市には、高齢の漆掻き職人がたった1人いるだけで、事実上、生産は行われていません。
数年前から漆にかかわる研究者、生産者、企業、自治体などが一同に会して問題を話しあう「漆サミット」が開催されるようになりました。現代生活にあった漆の使い方、職人の育成、樹木の保護などについて、さまざまに議論をしています。もう一度、すばらしい天然塗料である漆を見直し、自然とともに生きるライフスタイルを取り戻すことが必要かもしれません。
以上、日本の漆の現状について解説しました。普段の食卓に国産漆ぬりのお椀や箸を使ってみるのも、産地漆保護の一助になります。できることから始めたいですね。