島国に暮らす日本人は古くから身近に獲れる海の魚、川の魚を食べ続けてきました。魚は生活に密着した存在だけに、古い伝説や説話がたくさん残されています。その中から魚の名前にまつわる有名な説話をご紹介します。
●その昔、「赤いやつ」と呼ばれた魚
奈良時代に書かれた日本最初の歴史書『日本書紀』。その中に「海幸彦」と「山幸彦」の出てくる有名な物語があります。
兄の海幸彦は釣り針で魚を捕り、弟の山幸彦は弓矢で狩りをして暮らしていました。あるとき、2人は自分たちの大切な道具を交換し、いつもとは違う狩り場にでかけます。漁に慣れない山幸彦は、魚に釣り針を取られてしまい、兄から「あの釣り針を返せ」と責められて、弱り果てます。そこで海の神であるワダツミノ神の宮殿に行き、釣り針の行方をたずねたところ、さっそくすべての魚を取り調べ、アカメの口の中にあるのが見つかりました。
アカメのアカは「赤」、メは「奴」という意味で、「赤いやつ」という呼び名です。アカメは山幸彦に無礼を働いた卑しい魚であるとされ、その悪い名前を忌み、新しい呼び名を得ました。それが「タイ」なのです。平安時代に編纂された『延喜式』に、平たい魚だから「平魚(たい)」と呼ぶと記されています。
●子どもの身代わりになった魚
秋から冬にかけてが旬のコハダ。酢じめで寿司ネタにするのが美味ですが、この魚は成長とともに名前の変わる出世魚で、4?5センチのものをシンコ、7?10センチくらいのものをコハダ、12?13センチをナカズミ、15センチ以上のものをコノシロと呼びます。同じ出世魚のブリとは異なり、コハダは小さい方が高級魚で、コノシロサイズになると、ぐっと価格が下がります。
コノシロにはさまざまな伝説があり、1719年、新井白石が著した辞書『東雅』には、こんな物語が記されています。
昔、ある男が妻を亡くし、後妻を娶ることになりました。前妻の子どもが邪魔になったので、これを召使いに殺させることにしましたが、召使いは子どもを哀れに思い、手を下すことができません。子をよそへ隠しておいて、代わりにツナシと呼ばれた魚を焼き、死んだ子どもを荼毘に付したと嘘をつきました。ツナシを焼く臭いは、人の体を焼く臭いとよく似ていると言われていたのです。そしてツナシは子どもの身代わりになった魚として、コノシロ(子の代)と呼ばれるようになりました。
●鯉のおかげで恋が叶う
『日本書紀』の中の『景行紀』には、鯉の名前に由来する次のような物語があります。
景行天皇が美濃国を行幸されたとき、弟媛(とえ)という名前の絶世の美少女を見そめました。さっそく天皇は彼女を召されようとしましたが、弟媛は怖れて、竹林に姿を隠してしまいました。景行天皇は彼女を誘い出そうと、滞在していた泳(くくり)の宮の池に水を張り、鯉を放ちました。すると鯉の泳ぐ姿を見たくて、弟媛が池のほとりに現れたのです。天皇はすぐ彼女をとらえて情を通わせました。この故事から、この魚を「コヒ」と呼ぶようになったといいます。恋が転じて、魚の名前になったというわけですね。
以上、魚の名前にまつわる物語をご紹介しました。私たちが日常でなにげなく口にしている魚にも、さまざまな歴史や文化が息づいているのですね。